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大学教員3年目を終えて

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今日で2021年度の大学教員の仕事は終わりました。母校・洗足学園音楽大学の教員になり3年が経過しました。 1年目からハイレベルな3年生の理論のクラスを担当することになり、最初の1学期は毎回緊張しずっと熱を出しているくらい必死でした。2年目(2020年)はリモート元年ということもあり、試行錯誤しながらあっという間に1年が経過していきました。毎回の授業のあとに、今日の授業の組み立て方は自分なりにはうまくいった(生徒がどう感じているかはまた別ですが)、今日は盛り込みすぎた、ここは自分でもイマイチまだ十分に理解していないまま説明している、などをメモ。 そして3年目に突入。
年々ブラッシュアップできてはいるけれど、まだまだです。 「まだまだ」というのは、日本とアメリカで自分が経験してきた授業やレッスンと比べると「まだまだ」なのです。 洗足(1999年入学者までは短大のみ。卒業後はバークリーに編入できる単位互換制度を導入した大学です。多くの学生がバークリーに留学しました。)は特にバークリー出身の先生が多く、世界で活動してきた先生方にイチから習えたことは貴重な体験で、その後の留学するビジョンも見えやすかったです。そして渡米後のバークリーの授業では、座学では作編曲や歴史、パフォーマンスではアンサンブルや専門の楽器だけのクラスなどいろんなクラスを受講しました。そしてその各授業の先生たちの知識の豊富さや演奏技術の高さは半端ではないのです。それはそうです、ジャズ(だけではなくもっと広く言えばアメリカンミュージック)が生まれた国ですから、ジャズを作ってきたレジェンド達と密接な関係のある先生が多いのですから。実際僕のサックスの先生はカウント・ベイシーやライオネル・ハンプトンのバンドで演奏していた人でしたし、共演していなくても僕の在学時のほとんどの先生はデューク・エリントンやマイルス・デイビスを生で見たことがあるでしょう。 (ちなみに渡米したのは2002年4月ですから20年もの月日が流れたのです!) いま思い出してみると、もしかしたら先生側が生徒に対して「こういうことを知ってほしい、分かってほしい」という気持ちはあまりなかったかもしれません。どちらかというと、「これ凄いんだよ、こんなこともあるよ」というような、情報をシェアしたい気持ちに溢れている先生が多く、そして生徒側からすると「もっと聞きた